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2010年12月 アーカイブ

正しい姿勢

正しい姿勢で歩く姿はやはり美しいものですが、さて自分がどんな歩き方をしているかわかりますか?

ショーウインドのガラスに映る姿を見るといいですよ。

うつむき加減だったり、かかとを引きずって気だるそうだったりではほくろ 除去 レーザーした肌でもガッカリですね。


まず正しい姿勢、あごを引いて背筋をのばし、腹筋に力を入れます。

視線は10メートルくらい前方に置き、ひざを伸ばして腰から歩くようにします。

これはプロのモデルの歩き方ですが、参考にするといいでしょう。

二人の剣士が剣を抜いて向かい合い、じっと相手を見すえている。

息をつめて、言語を絶するような緊張感。

時代劇なんかを見ていて、こういうシーンに出会ったこと、あるでしょう?

斬り合う前のこの一瞬、二人の間では、すでに勝負がついているんです。

なぜなら剣の達人は、その構え方一つで相手の力を見抜いてしまう、そういう目を持っているのですから。

目を開いて見よう

今の人たちっていろんなコトを知ってるし、いろんなモノを持っているけど、カンジンカナメの"物を見る目"が曇っている人、多いんじゃないかしら。

「あの人、グッチのバッグ持ってるからステキ」

「あたしのカレ、ポルシェに乗ってるの」

「K大のヒトでなきゃおつきあいできないワ」

「私はほくろ 除去したから美人よね」

……なあんて話してるのを聞くと、ちょっと不安になってしまう。

相手の正体を見破ることがでぎなければ、いくらお金や知識があっても役に立ちません。

自分に何が合い、何が合わないのかを見きわめられなければ、氾濫する情報の中でおぼれてしまうでしょう。

ウワベだけのかっこよさを頼りに暮らしているのは、たくさんの落とし穴がひそむ街を、目をつぶって歩いているようなもの。

どんな高価なドレスを身につけていても、ドブに落ちてしまったら目も当てられない。

こういうのを知識にヤマイダレのついた"痴"(バカ)っていうんじゃないかナ。

常に真剣勝負!

どんな物識りでも、有益な情報をいくら集められても、それをじょうずに自分の実になるように生かす「知恵」がなければなんにもならない。

相手を倒せるか、倒されてしまうのか、剣士が命をかけた勝負なら、そこには文字どおり真剣な目があります。

私たちの生活にしても同じこと。

服一つとってみても、ほくろ 除去してくれる病院を選ぶにしても、それが自分に合うものなのか、いいものであるのか、この判断一つで医学的ブスにも魅力的な女にもなれるワケ。

このためには、自分自身や自分の力量、分限を知って、しっかりした自分の判断の基準を持たなければなりません。

剣道でも華道でも茶道でも、"道"と名のつくものには必ずお手前があります。

これはそれぞれの"道"の大もとになる基本の作法のこと。

私が「知恵」というのもこのお手前のことなのね。

つまり、物事の基本的なルールを知って、それを応用することで、いかに自分の生活からムダとムリを無くすか、という工夫なんです。

ココロ

お手前さえ身についていれば、どんなにつまらない仕事でも、楽しく手際よくかたづけられるもの。

お金と時間と労力をはぶいて、とっても安あがりにゼイタクができちゃうワケです。

生活のあらゆる場面で、頭を使いながらイキイキと生きている人ってステキでしょ。

道に入ってる女-自分の一生を一本の道に見立て、じょうずにバランスをとりながら、その時、その時をいつでもサイコウに生きられる女-こういう人を私は"魅女"と呼ぽうと思います。

表面的な美しさだけでは、決して魅力的であるとは言えません。

私のあこがれる魅女とは、からだの中から美しく、心の中から魅力的になっているヒトのことです。


ところで、「心」といえば、これをなぜ"ココロ"と読むか知っていますか?

人の心がコロコロ変わりやすいからですって?

……たしかに、お世辞でも「ほくろ レーザーで取った肌がきれいネ」なんていわれると、とてもうれしくなって、今まで色が黒いだの、背が低いだのと劣等感にとらわれてイジイジしていたのが、コロッと変わり、自信がついてホントにきれいになってしまうことだってあるかもしれない。

適度な自信はいいもの

「どうせ私は……」

「私なんか……」

といった卑屈な態度や考え方は、事態をますます悪くするだけ。

人間、欠点のない人なんていない。

それより、鏡に向かって、どこか、たとえぽ髪の毛がきれいだとか、鼻は低いけれどチャーミングだとか、よいところをさがし出して自信につなげることです。

人間、必ずどこか一つは長所があるハズ。

そうすると心が満足して、自律神経が安定し、血行、ホルモンのバランスがよくなって、ほくろ 除去したお肌はつややかに、女らしさも増すというワケ。

適度の「自信」は「魅女」の必要条件です。


えっ?

いいところなんか一つもないって?

さがし方が悪いんじゃない?

外見がダメでも「ハート美人」ってのもありますからね。

普通に成り下がる?

「このごろは、軽井沢もすっかり……」と言いかけて、ある旧家のオバサマはことばをにごしました。

たぶん、「フツウの観光地になりさがってしまった」と、言いたかったんでしょうネ。


昔の人には旧軽井沢に別荘を持ったり、帝国ホテルで気軽に食事をするのが、ある種のアコガレであり、ステータス・シンボルでありました。

そして立派な病院でほくろ 除去することもハイソなことだった。

「カルイザワ」「テイコクホテル」のことばの響きは、今の「パリ」や「ニューヨーク」より、もっともっと甘美なものだったんじゃないかナ。


カルイザワもテイコクホテルも、ぐっと庶民的(?)になったのは、みんなが「中流階級」になったから?

お金持ちがふえたからではなく、いわゆる高級リゾート地や高級ホテルが、昔ほどの格式をなくしてるのではないかと思うんですヨ。

敷居が低くなったというワケ。

リゾート地やホテルのふんいきが、「高級」でもないお客の程度につられて、だんだん……。

どんなにお金持ちになっても、それなりのマナーの心得がなければ、昔は「高級」とか「名門」を敬遠する「謙譲の美徳」があった。

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